ふろねこノート

Nov 09
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俺としては出来る限りの事をやったワケ。で、有る時に疑問に思って聞いたのよ。
「自転車で回っている時はどうだった?」ってね。

ある程度の苦労をしているのは簡単に想像出来る。
まして、言葉も文字も分からないんだから苦労しないワケが無い。

返ってきた答えは『実は殆ど苦労していない。
行く先々で出会った人は全員が親切だった。
正直に言うが、嫌な思いは一回もしていない』だった。

物を買ったらオマケはしてくれるし、荷物で苦労している人を助けたら何度も頭を下げてくれた。
近所でテントを張れる所は無いかと質問したら家に泊まっていけとも言われた。
(なんと、その家には囲炉裏が有ったらしい)
出て行く時には、葉っぱでくるんだライスボール(おにぎり)を持たせてくれた。
(その葉っぱは本国に持ち帰っている)

等々、ここには書ききれない。

右も左も分からない土地で色々な経験を果敢にもチャレンジした彼も凄いが、
それに笑顔で答えた日本人も凄いと思うんだ。

彼はお世話になった人の住所を聞いて、本国に帰ってから全員に手紙を出している。
ここを読んでいる人の中にも、彼からの手紙を受け取っている人がいるかも知れないな。

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知り合いにスウェーデンの恐ろしくタフなナイスガイがいる。
PCオタクでもある野生児を自認するオタクな行動派。
YHの会員証と寝袋さえあれば旅は出来ると豪語するヤツだ。

そいつは数年前に、愛用の自転車と共にやってきた。

日本滞在3ヶ月の内の一ヶ月半を自転車周遊に費やしたのだが、回ったルートが凄い

東京→日光(いろは坂で玉砕)→日本海に抜け能登半島を目指す→
お好み焼きが旨いと聞き大阪へ向かう→
神戸にも立ち寄り「綺麗な女性が多い」との感想を残す→
やっぱりヒロシマに行かないといかんべといいつつも道に迷って何故か四国へ→
船で九州に入る→阿蘇で007を思い出す→博多の屋台に感激→
瀬戸内海を右に見てひたすら東京に向かう→
ヒロシマに入り原爆ドームを見て愕然とする→
途中、奈良に立ち寄り鹿の洗礼を受ける→
海を右に見過ぎたまま進み、紀伊半島の先端まで到達→
名古屋で味噌煮込みうどんに衝撃を受ける→太平洋を右に見て一路上京

右も左も分からず、オマケに文字も読めないのに一ヶ月半でここまで実現した彼は凄い。

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uessai-text:

seamile:

「iMac には箱が無いぞ! (entrypostman) iPhone iPod touchな朝刊」 http://j.mp/cfv19 iMacに「ディスプレイしか入ってない!」と驚いたのは、Appbankのentrypostmanさんだったのかw

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「チョット」はヒンズー語で「少し」の意味。
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LEICA MPも「ライカはおじいちゃんのカメラ」とばっさり。
あのもの静かなシャッター音がゆえ、「死に近づくカメラ」なんだそうだ。
昔はライカを使っていたけれど、だから最近では元気なシャッター音の
カメラを使うようにしているようで。
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「『星の王子様』の異名で呼ばれるなど、ダンディーだった円楽師匠は……」
「カッコ良かったですからねえ」
「ええ、とてもおしゃれな人でした」

 いつの間にやら、円楽は、落語会のプリンスだったみたいな話になっている。
 違うぞ。
 いや、大筋では間違いではないのかもしれない。若い頃の円楽師匠はダンディーだった。おしゃれでもあったし、女性ファンだっていたのだと思う。

 でも、世間が円楽を「星の王子様」と呼んでいたのかというと、そういうことはなかった。
「星の王子様」は、本人がシャレで名乗っていた名前で、彼はそれで笑いを取っていた。馬面の大男が「王子様」を自称することの可笑しさ。その力加減が絶妙だった。そういうことだ。

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jacony:


nemoi:


kiyo3206:


reretlet:

before meeting her… (via miki**)

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nemoi:

kiyo3206:

reretlet:

before meeting her… (via miki**)

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